Story
あらすじ
2025年、京都府舞鶴市。
大学三年生の西倉道流と青柳茉莉は、終戦80年の平和記念コンサートに参加する演奏メンバー。ピアノ奏者の道流は恩師の死を引きずり、音楽への情熱を失いかけていた。曽祖父同士が戦後共にシベリアに抑留されたという縁を持つふたりだが、茉莉は実家で見つけた、一枚の「俘虜用郵便葉書」が心のしこりになっていた。曽祖父の青柳肇が抑留中にシベリアから寄越したその葉書には、肇が家族を裏切るような内容が綴られていたのだ。
真実を知りたいと願う茉莉の誘いを受け入れ、道流は曽祖父の西倉勝一から壮絶なシベリアでの抑留体験の真実を聞き始める。
1945年、西倉勝一、青柳肇、片桐圭之助、篠森有栖らは敗戦直後の混乱の中、満州に踏み入ってきたソ連兵によって、コムソモリスクの極寒の強制収容所「ラーゲリ」に追いやられ、ただ生き延びるために苦しい労働に耐えていた。過酷な日々の中、かつて軍楽隊にいた肇が、白樺の木や廃材で粗末なバイオリンを作り上げる。音楽は彼らにとって、死と隣り合わせの色のない世界に希望を灯すものだった。彼らはラーゲリの中で小さなオーケストラを結成し、音楽を通して抑留者には希望を、命を落とした同志には鎮魂の祈りを届け始める。そんな「コムソモリスク楽団」は、やがて慰問楽団として各地の収容所を訪れるようになっていくが、勝一に強い恨みを持つ亡き妹想いの神部との対峙は避けられない。神部が勝一に託した決死の想いとは……?
そのころ、遠く日本の京都府舞鶴市では、肇の妻・恵が夫の帰りを信じ、希望を絶やさぬように港で炊き出しをしていた。一方、航路管理官・浅野も、婚約者・有栖の生還を待ち、引き揚げの航路を一心に守り続けている。
生還を果たしたいと願う者たちと、彼らの帰りを願ってやまない者たち。
ふたつの場所をつなぐのは、同じ空に浮かぶ月。
やがて、肇率いる「コムソモリスク楽団」は、月のきれいな夜に“ある約束”を交わす。
共に生きて日本に帰り、明るい月の下で音楽を奏でること。
彼らの約束は、時代を越え、海を越え、現代の舞鶴の夜空へと繋がっていく――。